保育カリキュラム

6月主題 歓喜(つよくのびます)

歓喜という言葉は、一般には「大喜びすること」と説明されていますが、親鸞さまはそれをさらに深めて「歓は身体で感じるよろこび、喜は心で味わうよろこびのことである」と、教えて下さいます。そうしますと、歓喜とは「踊りあがるような喜び」を表す言葉であることが窺い知られます。

ところで 「仏の子」という言葉からは、どのような子どものすがたをイメージされるでしょうか。もしそれが、「温和な子」とか「おとなしい子」という感覚で受け止めておられるのでしたら、それを「強い子」とか「たくましい子」という言葉に置き換えて下さい。ただし、ここで言う「強さ」や「たくましさ」とは、決して強情であるとか、乱暴な…という在り方を指しているのではなく、それらを透過した、「明朗で自立性を備えた」という、肯定的な意味を表しています。

「まことの保育」では、子ども達を一定の枠にはめて見ようとするのではなく、何よりも子ども達一人ひとりの持ち味を認めることを重視します。そして、その子がその子のままで十分に自分の個性を発揮して、自らをあるがままに表現できるような環境を設定することで、一般には短所とみなされるような点でも、やがては問題ではなくなるという保育原理に立っています。

よく見ると、どの子もみんなそれぞれがそれぞれの光をいだき、まばたきをしています。そして、「自分の光を見てください」と、願っています。その光を見つめ、まばたきに応えると、子どもたちはキラキラした目をしながら、それぞれに自分の持つ光を放ってくれるものです。

木々が強く伸びるためには、何よりもしっかりとした地盤が必要です。また高層ビルほど、地下の基礎工事に力を入れるのは周知の通りです。

「他人に迷惑をかけなければ、何をしても良い」といった自己中心的な考え方が世間の厳しい批判を受けたり、学校教育の在り方が根本から幾度も見直されたりしていますが、いつの世においても変わることなく大切なことは、人間としての基礎が定まる幼児期において、「人間としての基本的な生活習慣・価値観を正しく身につけること」だといえます。それがきちんと育まれないと、どれほど多くの知識を身につけたとしても、悲惨な結果を招いたりすることは多くの事件が証明しています。「根を養えば樹は自ら育つ」と言われますが、幼児期の教育の大切さが窺い知られることです。

子ども達がいろいろ興味のあることに取り組む中で、達成感や充実感を味わうことにより、嬉しい・楽しいという体験を通して「生きる喜び」を味わい、強く明るい自立性を備えた子に育つような保育を心がけていきたいと思います。

年長組

○仏さまの思いに感謝し、自信をもって行動する                                    ○人とのかかわりの中で、自分が悪いときには謝ることができるようになる。                                     ○気の合う友達と一緒に考えを出し合いながら遊びを深める。

年中組

○仏さまを身近に感じながら進んでお参りをする                                       ○友達と一緒に歌ったり、リズムに合わせて身体を動かしたりする楽しさを味わう。
○友達との関係の中で、自己を発揮できるようになる。
○「ごめんなさい」が素直に言える。

年少組

○仏さまに守られていることを知り喜ぶ。                                              ○いろいろな動植物や人の命の大切さを知る。                                                  ○褒められたり認められすることで満足感をもつ。

満3歳児

〇み仏さまに合掌・礼拝し、みんなと一緒に「なもあみだぶつ」を称えられるようにする。              〇教師や友だちの存在を知り親しみを持って過ごす。                                                       ○衣服の着脱や排泄など教師と一緒に行い、仕方を知る。